フィクションかノンフィクションかは読んだ貴方の判断にゆだねます。
30/July/2000
"Leonardo"
この日に彼の元を訪れたのは、偶然ではありません、私には心に秘めた決意が二つありました、Alchemyに対する自分自身の感想を直接本人に伝えたい、それとMegaFanSiteの熱いファンの演奏を是非ともきちんと聞いて貰いたい。意を決した私は、かなり緊張した心持ちで宿泊先へ足を運んだのでした・・・
その日は、いよいよ明日からツアーが始まるぞという、本当にのどかなオフの日の午後でした。Yngwieが家族を引き連れ、勝手知ったる土地での気ままなショッピングから帰ってくるやいなや、穏やかでとてもリラックスした表情で私に近づいてきて言いました、一緒においで "Join us Join us" と。そして私たちは、ラウンジでくつろぐバンドのメンバーと合流したのです。Yngwieは、私が最初に差し出したMegaFansSiteのファンが演奏するトリビュートアルバム嬉しそうに受けとると、すぐさまそれをディスクマンで聞き始めました。とても熱心に耳を傾けながら、にやついたり驚いたり唸ったりして、すっかりのりのりになって首を振り、近くに居るメンバーにもそれを聴かせたりと、しばしの大騒ぎ、都合2回聴き終えたところで彼は満足げにヘッドフォンをはずしました。そして何度もコレは最高だよ"it's so great !! " と言うと、お礼の言葉とともに丁寧に自分の荷物の中にそのCDを潜ませました。
そのあと彼は、明日から始まる日本公演でのセットリストについて意見を聞きたいと言い出しました、私がAlchemyから全曲聴きたいと言うと、彼は真顔になって、俺もほぼ全曲やるつもりだ、やってみたいんだと言って、にやりとしたのです。その時私は、彼の瞳の奧につい今しがたまではなかった強い光を見たように思いました。チャレンジの炎とでも呼ぶべきでしょうか、まるでこれからレースに臨むレーサのそれに似た光に、彼の強い決意を感じとることが出来ました。彼の挑戦的で戦闘的な気分が伝染して、自分まで意識が高揚するのが判りました。
あれやこれやと、日本でやってほしい曲のリクエストをネタに、それに対するバンドの意見交換といった感じで、ひとしきりその場は盛り上がり、やっぱりYou Don't Rememberはやらねばならない事に決まったのですが、キーをオリジナルのAマイナーにしてほしいという日本のファンのリクエストを告げると、メンバーは心底驚きを示し、またそんなマニアックなリクエストをする日本という国の自分のファンは、他の国とはすこし違うだろうと、誇らしげにするYngwieでした。そしてそれに納得する新参のバンドメンバーの反応には、端から見ていると、かなり楽しいものがありました。
そんなわけで、その場は一気に盛り上がり、意見交換にしばらく花が咲きました。そんな中で、Yngwieとふと視線が合った私は、いつのまにか、自分がいかにAlchemyが好きかをという事を一生懸命に述べていました。個人的にはAlchemyの中ではLeonardoとBlueが特別に好きだと彼に告げたとき、それまではうんうんと嬉しそうに聞いていたYngwieは、"Leonardo"とつぶやいて大きな溜息をついたのです。私は驚いて、すかさず、Leonardoは歌詞が特に印象深くて、まるでYngwie本人が本音で語っているようだねと言葉を継ぎ足しました。するとYngwieが猛然と語りだしたのです。
"そう、Leonardoという曲はとても重要な曲なんだ、 この曲はとびきり手間がかかったんだ、アイデアそのものは凄くスムーズに出来上がったんだが、歌詞の原案が何百行にもなってしまって、それを1曲に収まるような長さに短く凝集させて推敲するのは本当に大変な作業だった、何日間もかかった、こんなに歌詞で苦しんだ事はなかったよ、アイデアを書き殴った紙が山のようになってしまって、もう途中で出来あがらないからあきらめようかと思って、すこし投げ出しかけたりもしていたんだ、するとApril(奥様です)が、大切な仕事だからあきらめるな!といって厳しく励ましてくたんだ、それから数十行を1行に凝集する作業が続いた、そしてやっと完成させることが出来たよ、いざ出来上がってみると、こいつは全く自分でもかなり納得できる仕上がりの歌詞になったと思う、俺の想いが濃縮されて詰まってるんだ。それにギターワークもとびきり上手く行った、曲は歌詞より前にとっくに完成していた、ギターでは歌詞とは違って頭の中の曲のイメージが思うようにすぐに表現出来た、メロディも凄くヘビーに仕上がったと思う、苦労した歌詞がすごくいい感じに曲にフィットしている、この曲は全く特別な曲だよ、とんでもない作品だ!" そう一気にまくしたてて言いながらYngwieは首を左右に振りました。まるでその時の苦しい気分がよみがえって来ているかの様でしたが、その後に私が "Art is my church"という言葉に痺れたのだと告げると、彼は急に表情を輝かせて、"まさにその通りなんだよ俺にとってはArt is my churchなんだ" と言って、Yngwie自身が自分の言葉をかみしめるように、ゆっくりと私を見ながら頷いたのです。私はこの瞬間、Yngwieが曲に込めた思いが自分にも理解できたのだと確信し、内心の感動を隠せませんでした。私とYngwieはその時まったく意気投合したのです。彼も自分が曲に込めた想いが、きちんと日本のファンにも伝わっていたんだという事を実感して、とても嬉しそうでした。そうそう、Yngwie のセリフの中の "Aprilが・・・"というシーンでは、横から "そうよ、私が横で励まさないと、すぐ、ああもうできないって、仕事投げちゃうんだから・・・"と家でのダメ夫ぶりを暴露してしまう気丈な奥様がそばでずっとやりとりを聞いていたことを付け加えて置きます。
その後は自然に仕事の話は終わり、やがてYngwieはミュージシャンではなく、幼いわが子の無邪気な仕草に目を細めては仕入れたばかりの小型カメラを構えるただの親ばかな父に変身していました。カメラが自分に向けられてると知るやいなや、まだ2歳にも満たない幼児であるにも関わらず、カメラ目線で動かずじっと父の準備が整うのを待つ、生まれながらにタレント魂を宿した天才2世Antonio君。彼は、まったく愛くるしいいたずらっ子で、そのあどけない表情は、くったくなく笑う時の父とうりふたつでした。そしてこの似たもの父子の傍らで、器用に哺乳ビンの準備を整え息子に与える、美人でしっかり者の母April。彼女こそが2人のYngwieを操る真の天才なのかもしれません。そして好き勝手なおしゃべりでにぎにぎしいバンドのメンバーとクルー達。みんな素敵な人たちでした。
とても穏やかでなごやかな午後、こうしていつしかオフの時がすぎたのでした。
私たちはライブでの再会を誓って別れの挨拶を交わし、ディナーに出かける彼らを見送りました。明日からのツアーの成功を祈りつつ・・・いまから思えば、私はかけがえのない貴重な時間を彼と共有することができたのだと思います。そしてこの日があったからこそ、私の運営するメガファンサイトをYngwieが公認にしてもよいなと考えたのかしらと勝手な想像をしています。サイトに来て下さる方々の熱い思いを、少しだけ直接伝えられた記念すべき日でした。